メジャーなバンド、レディオヘッドradioheadは、約2年ごとのスパンでCDを世におくり続けてきた。ファンの間ではまだかまだかと固唾を呑んで待っていた矢先、メンバーの一人が先月新作アルバムの完成を、ウェブ上のある海外サイトで報告。そして、ついに先日、価格設定は「It’s up to you.」という提供の仕方で、ニューアルバム『In Rainbow』のMP3フォーマットダウンロード版の提供がはじまった。また、これとは別に40ポンドでCD2枚組及びアナログ2枚、ボーナストラック、ハードカバー本などの豪華特典付きディスクボックス(発売は12月初旬を予定)の発売を発表した(http://www.inrainbows.com/Store/Quickindex.html)メジャーシーンでこのような形式の音楽提供は前例がなく、前代未聞な出来事が起こったわけである。


彼らが、意図しているかどうかは当然知る由もないが、この動きには確信犯的なメディア戦略が仕組まれていると思われる。今回の一件は、音楽業界だけではなくコンテンツビジネス全体に関わる可能性がある故に、マスメディアもこぞってとりあげている。また、音楽面でも革新的と評され、世界的に不動の地位を築いた彼らのメジャーシーンでの知名度も、さらに拍車をかけているだろう。

プロモーションにおいては、元来なら一義的に大衆を扇動させる重要な存在であるマスコミからの発信にプライオリティーがあることが当然であり、ほとんどのアーティストは、大手レコード会社からマスへの流れのシステムを採用していた。しかし、今回のプロモーションは、ウェブ上でのクチコミのみで広告費をまったくかけず、またマスに関わることなく、多大な話題性の創出に成功した。さらに、情報発信が容易であり、インターネットのインフラが整備された現在、情報の突発性、鮮度が重要視されるウェブ上でのクチコミの訴求力がうまく機能している。


最新の記事で、メンバーはほとんどの人はCDを正規価格で購入していると言っているが、任意の価格設定は、より購入の敷居を低くさせ、フリーでコンテンツを提供することを意識して決定されているだろう。つまり、その目的はより多く集客することだ。また、正規価格以上の破格な値段を入札すれば、それはある意味、品物購入というより寄付という形式とみなされるだろう。これは、かつてのパトロンシステムが、再生し機能し始めるかもしれないと予感させる。


そして、ダウンロードを2ヶ月後発売予定の、普通は固定ファンでない限り買わないであろう高額なディスクボックスへの購入につなげていくわけである。これには心理的には、ファンとアーティストの唯一の公式な共有物であるCD等をダウンロードでなく、直接目に見える形で所有したいという願望も作用していると思う。個人的に、近年、ダウンロードブームでCDやLPを構成するジャケット、歌詞カードなど(本来すべてそろって一つの作品である)を軽視する傾向に流れていたが、これをきっかけにアーティスト側からこちら側にCDを所有させ、よりアーティストを理解できる環境を与えるのは良い方向性なのではないかと思う。


このような音楽提供の仕方が突出してくるだろうという予想が現実になるまでは、IT進行状況を考慮すれば、時間の問題だったであろう。今後このやり方に追従してくるアーティストがいるのか、そして、この音楽コンテンツの提供の仕方が根付くのか。この出来事が、コンテンツビジネスのターニングポイントのひとつとなることには違いないだろう。

百瀬 琢麻(インターン